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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
|
| 1 |
中央図書館 | 0110350931 | 537/ク/ | 書庫3 | | 一般図書 | 一般貸出 | 在庫 | |
○ |
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
Aristotelēs アリストテレス 修辞学
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
1001000909304 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
進駐軍時代と車たち マッカーサー時代のカー・ウォッチング |
| 書名ヨミ |
シンチュウグン ジダイ ト クルマタチ |
| 著者名 |
車屋 四六/著
|
| 著者名ヨミ |
クルマヤ シロク |
| 出版者 |
グリーンアロー出版社
|
| 出版年月 |
1995.11 |
| ページ数 |
253p |
| 大きさ |
21cm |
| 分類記号 |
537.02
|
| 分類記号 |
537.02
|
| ISBN |
4-7663-3179-6 |
| 内容紹介 |
棺桶に片足を突っこんだ物書きの義務、と書き始めた著者は敗戦時小学校6年生。青春時代は進駐軍時代である。著者が乗ったり見たりした懐かしの車をとおして時代を振り返る。 |
| 件名 |
自動車-歴史 |
| 言語区分 |
日本語 |
| 書評掲載紙 |
読売新聞 |
| (他の紹介)内容紹介 |
「頽落」という言葉がある。頽廃しつつ転落するさまである。反動の時代に生きる日本リベラル派知識人の責任とは何か?―およそ30年にわたる思索の軌跡。 |
| (他の紹介)目次 |
1 国民主義批判(他者認識の欠落―安保法制をめぐる動きに触れて 憲法九条、その先へ―「朝鮮病」患者の独白 梟蛇鬼怪といえども…―辺見庸『決定版1★9★3★7』への応答 あいまいな日本と私 ヨーロッパ的普遍主義と日本的普遍主義 日本知識人の覚醒を促す―和田春樹先生への手紙 国家・故郷・家族・個人―「パトリオティズム」を考える のちの時代の人々に―再び在日朝鮮人の進む道について) 2 植民地主義的心性(第四の好機―「昭和」の終わりと朝鮮 もはや黙っているべきではない―なぜ私は、「憂慮する在日朝鮮人アピール」への賛同を呼びかけるのか 母を辱めるな 「日本人としての責任」をめぐって―半難民の位置から 「日本人としての責任」再考―考え抜かれた意図的怠慢 あなたはどの場所に座っているのか?―花崎皋平氏への抗弁 秤にかけてはならない―朝鮮人と日本人へのメッセージ) |
| (他の紹介)著者紹介 |
徐 京植 1951年京都生まれ。東京経済大学現代法学部教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表
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