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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
|
1 |
清田 | 5513643014 | J36/ト/ | 大型本 | 57 | 児童書 | 一般貸出 | 在庫 | |
○ |
関連資料
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福島第一原子力発電所事故(2011) 酪農 畜産業-飯舘村(福島県)
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
タイトルコード |
1008001238974 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
「牛が消えた村」で種をまく 「までい」な村の仲間とともに それでも「ふるさと」 |
書名ヨミ |
ウシ ガ キエタ ムラ デ タネ オ マク |
著者名 |
豊田 直巳/写真・文
|
著者名ヨミ |
トヨダ ナオミ |
出版者 |
農山漁村文化協会
|
出版年月 |
2018.2 |
ページ数 |
32p |
大きさ |
27cm |
分類記号 |
369.36
|
分類記号 |
369.36
|
ISBN |
4-540-17187-1 |
内容紹介 |
「日本一、美しい村」とよばれた福島県の飯舘村は、原発事故によって人も牛も住めなくなりました。酪農家の長谷川さんは、村が荒れ果てていくのを見ていられず、避難先から村に戻り、畑をたがやし、種をまきはじめることに…。 |
著者紹介 |
1956年静岡県生まれ。フォトジャーナリスト。日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)会員。著書に「福島を生きる人びと」「フクシマ元年」など。 |
件名 |
福島第一原子力発電所事故(2011)、酪農、畜産業-飯舘村(福島県) |
言語区分 |
日本語 |
受賞情報 |
産経児童出版文化賞大賞 |
(他の紹介)内容紹介 |
「日本一、美しい村」とよばれた村が、福島県の北東部、阿武隈山地にありました。その村「飯舘」は「までい」な村とよばれます。「までい」とは、この地方のことばで、「手間ひまかけて」「ていねいに」「心をこめて」といった意味があります。この村の美しさは、村の人たちが、「までい」に田畑をたがやし、牛を飼い、村づくりを続けてきたたまものでした。乳牛50頭を飼う長谷川健一さんも、酪農家の仕事のかたわら地域の区長として、「美しい村」づくりを率先してきました。その村に突然、放射性物質が降り注ぎました。そして、村には全村避難の指示が出され、「美しい村」は、「だれも住まない村」「牛が消えた村」になってしまったのです。それでも、長谷川さんは「美しい村」が、家族や仲間とともに暮らした家や集落が、荒れ果てていくのを、ただ見ていることはできませんでした。そこで、ふたたび、仲間とともに草を刈り、畑をたがやし、種をまきはじめます。 |
(他の紹介)著者紹介 |
豊田 直巳 フォトジャーナリスト。1956年、静岡県に生まれる。日本ビジュアルジャーナリスト協会(JVJA)会員。長年にわたり、イラクやパレスチナなどの紛争地で取材を続けるとともに、アジア各地の内紛・内戦などの「見えない戦争」を取材。新聞や週刊誌、写真展や講演で報告し、テレビの報道番組でも報じてきた。また、児童労働や貧困問題など制度的な差別構造にもカメラを向けてきた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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