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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
|
1 |
中央図書館 | 0180688442 | 723.2/ペ/ | 1階図書室 | 56A | 一般図書 | 一般貸出 | 在庫 | |
○ |
関連資料
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ペク ヨンス 与那原 恵 五十川 潔 ペク・ヨンスプロジェクト
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
タイトルコード |
1008001526372 |
書誌種別 |
図書 |
書名 |
茶房(タバン)と画家と朝鮮戦争 ペク・ヨンス回想録 |
書名ヨミ |
タバン ト ガカ ト チョウセン センソウ ペク ヨンス カイソウロク |
著者名 |
ペク ヨンス/著
|
著者名ヨミ |
ペク ヨンス |
著者名 |
与那原 恵/監訳 |
著者名ヨミ |
ヨナハラ ケイ |
著者名 |
五十川 潔/訳 |
著者名ヨミ |
イソカワ キヨシ |
出版者 |
白水社
|
出版年月 |
2020.10 |
ページ数 |
231p 図版16p |
大きさ |
22cm |
分類記号 |
723.21
|
分類記号 |
723.21
|
ISBN |
4-560-09781-6 |
内容紹介 |
日本統治下で生まれ、戦時下の大阪で洋画を学び、日本の敗戦直前に帰国。朝鮮戦争を生き延びて芸術運動の再興に尽力した、韓国を代表する画家ペク・ヨンスが、その情熱的な半生を回想する。カラー作品集も併録。 |
著者紹介 |
1922〜2018年。朝鮮生まれ。大阪美術学校で洋画を学ぶ。朝鮮に戻り創作活動を展開。朝鮮戦争休戦協定後、芸術運動の再興に尽力。銀冠文化勲章を授与される。 |
個人件名 |
白 榮洙 |
言語区分 |
日本語 |
(他の紹介)内容紹介 |
日本統治下で生まれ、戦時下の大阪で洋画を学び、日本の敗戦直前に帰国。朝鮮戦争を生き延びて芸術運動の再興に尽力した、韓国を代表する画家の情熱的な半生と、歴史に埋もれた仲間たちの魂の輝き。カラー作品集を併録。 |
(他の紹介)目次 |
1章 巣立ちのとき―1922年〜(雪降る華厳寺の道 帰国、木浦へ ほか) 2章 茶房の熱気―1947年〜(沈亨求とスジェビ 和信百貨店の垂れ幕 ほか) 3章 戦禍のなかで―1950年〜(死んだ街 茶房の不気味な空気 ほか) 4章 広げた自由の翼―1951年〜(束の間の天国 釜山住宅事情 ほか) 5章 小さな光―1953年〜(明洞のモナリザ 水標橋 ほか) |
(他の紹介)著者紹介 |
ペク ヨンス 白榮洙。1922年、朝鮮・水原で生まれる。2歳のとき父が死去。母に連れられ、伯父が住む大阪に転居する。42年、大阪美術学校に進学し洋画を学ぶ。45年3月、大阪の自宅で空襲で焼け、朝鮮に戻る。木浦で朝鮮解放を迎え、47年にソウルに移る。精力的に創作活動を展開するが、50年に朝鮮戦争が勃発。釜山への避難を余儀なくされる。避難先でも絵を描き続け、53年に休戦協定が成立するとソウルへ帰還。作家・詩人・映画人など多くの芸術家とともに、芸術運動の再興に力を尽くした。79年にパリへ移住し、2011年に韓国に帰国。16年、銀冠文化勲章を授与される。18年6月没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 与那原 恵 1958年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。大叔父で沖縄出身の画家・南風原朝光が活動したアトリエ村「池袋モンパルナス」界隈で育った。2014年、『首里城への坂道―鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』(中央公論新社)で河合隼雄学芸賞、石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 五十川 潔 1933年、宮崎県生まれ。38年、数学教師の父に伴ってソウルに渡る。幼少期をソウルで暮らし、のちに現在の北朝鮮に転居。実母、継母ともに死別。46年11月、父の郷里の大分県佐伯市に帰着。52年、九州大学教養部理科に入学し、のちに文学部哲学科に転部、58年、同大学大学院文学研究科(心理学専攻)修士課程修了。58年、福岡県に入庁、社会福祉に従事する。63年、愛知県に移籍し、児童相談所などに勤務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表
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