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資料情報
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| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
|
| 1 |
中央図書館 | 0181161902 | 304/カ/ | 1階新書 | 80 | 一般図書 | 一般貸出 | 貸出中 | |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
1008001820624 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
歴史は予言する 新潮新書 |
| 書名ヨミ |
レキシ ワ ヨゲン スル |
| 著者名 |
片山 杜秀/著
|
| 著者名ヨミ |
カタヤマ モリヒデ |
| 出版者 |
新潮社
|
| 出版年月 |
2023.12 |
| ページ数 |
286p |
| 大きさ |
18cm |
| 分類記号 |
304
|
| 分類記号 |
304
|
| ISBN |
4-10-611021-4 |
| 内容紹介 |
ローマ滅亡の裏に「少子化」、ウイグル美女が中華皇帝を倒す「幻の日本製オペラ」、ジャニーズ創業家と皇室の意外な関係…。過去を振り返り未来を見通す。『週刊新潮』連載を書籍化。 |
| 著者紹介 |
宮城県生まれ。思想史家、音楽評論家。慶應義塾大学法学部教授。著書に「未完のファシズム」「国の死に方」など。 |
| 言語区分 |
日本語 |
| (他の紹介)内容紹介 |
一九一六年一月に発表され、民本主義を唱道した「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」は大きな反響を巻き起こしたが、「有終の美」が遠いことは現在の私たちがよく知ることでもある。有権者の覚醒こそがデモクラシーの根本だと説き続けた吉野の真骨頂を伝える六篇を収録。 |
| (他の紹介)目次 |
憲政の本義を説いてその有終の美を済すの途を論ず 民本主義・社会主義・過激主義 帷幄上奏論 護憲運動批判 現代政治上の一重要原則―民主主義は何故わるいか 憲法と憲政の矛盾 |
| (他の紹介)著者紹介 |
吉野 作造 1878(明治11)年宮城県に生まれる。東京帝国大学法科大学政治学科卒業後、大学院に進む。1906年、袁世凱長男の家庭教師として中国・天津へ赴く。10年、政治史・政治学研究のため欧米に留学、帰国後、東京帝国大学教授となる。16(大正5)年1月、『中央公論』に「憲政の本義を説いて其有終の義を済すの途を論ず」を発表、以後二〇年近くの間、『中央公論』の看板執筆者として活躍する。24年、東京帝国大学教授を辞職し、朝日新聞社に入社するも三ヵ月で退社を余儀なくされる。同年、明治文化研究会を組織。33(昭和8)年、結核のため没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表
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