蔵書情報
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書誌情報
| 雑誌名 |
My Computer Magazine
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| 巻号名 |
1993年 8月号 通巻191号 |
| 通番 |
00191 |
| 発行日 |
19930801 |
| 出版者 |
電波新聞社 |
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資料情報
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| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
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| 1 |
中央図書館 | 0122325863 | | 書庫4 | | 雑誌 | 貸出禁止 | 在庫 | |
× |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
2998000085089 |
| 巻号名 |
1993年 8月号 通巻191号 |
| 通番 |
00191 |
| 発行日 |
19930801 |
| 特集記事 |
Windows3.1を生かすCD‐ROM/MO |
| 出版者 |
電波新聞社 |
| (他の紹介)内容紹介 |
横井小楠、鈴木雅之、石田梅岩、津田左右吉、戦没学生たち…、忘れられ、抹殺されてきた一群の思想的血脈があった。その思想を紐解き、「近代化」論に一石を投じる日本思想史の第一人者による歴史の読み直し。はたして、“明治維新”は、近代日本の“正しい”始まりなのか?戦後75年を経て、コロナ禍の中で問う、もうひとつの“日本の思想”。 |
| (他の紹介)目次 |
序 明治維新とは何であったのか 第1部 「維新」的近代は何を忘れ、何を失ったか 第2部 国家という問題―国体論的日本の創成 第3部 民権的国家の制作意志とその漢文的表現 第4部 明治の終焉と二つの文学的事件 第5部 近代日本にとっての他者「シナ」 第6部 天皇の戦前と戦後―その本質的意義に変わりはない |
| (他の紹介)著者紹介 |
子安 宣邦 1933年生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科(倫理学専攻)修了。文学博士。大阪大学名誉教授。日本思想史学会元会長。著作は韓国・台湾・中国で翻訳され、多くの読者を得ている。現在、中国で作品集が刊行中である。また東京・大阪で市民のための思想史講座を開催している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表
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