蔵書情報
この資料の蔵書に関する統計情報です。現在の所蔵数 在庫数 予約数などを確認できます。
書誌情報
| 書名 |
可能性としての「戦後」 講談社選書メチエ
|
| 著者名 |
桜井 哲夫/著
|
| 出版者 |
講談社
|
| 出版年月 |
1994.2 |
この資料に対する操作
電子書籍を読むを押すと 電子図書館に移動しこの資料の電子書籍を読むことができます。
資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
|
| 1 |
中央図書館 | 0112293253 | 210.7/サ/ | 書庫3 | | 一般図書 | 一般貸出 | 在庫 | |
○ |
| 2 |
中央図書館 | 0180188534 | F210.7/サ/ | 書庫4 | | 一般図書 | 貸出禁止 | 在庫 | |
× |
関連資料
この資料に関連する資料を 同じ著者 出版年 分類 件名 受賞などの切り口でご紹介します。
書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
1001000798724 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
可能性としての「戦後」 講談社選書メチエ |
| 書名ヨミ |
カノウセイ ト シテ ノ センゴ |
| 著者名 |
桜井 哲夫/著
|
| 著者名ヨミ |
サクライ テツオ |
| 出版者 |
講談社
|
| 出版年月 |
1994.2 |
| ページ数 |
254p |
| 大きさ |
19cm |
| 分類記号 |
210.76
|
| 分類記号 |
210.76
|
| ISBN |
4-06-258007-1 |
| 内容紹介 |
軍隊の消滅、国家没落のあとの明るさ。何もないゆえの平等と自由…。杉浦明平、花森安治、松田道雄など知識人たちの苦闘の軌跡をたどりつつ、今、あらためて「戦後」の意味と思想を問い直す。 |
| 著者紹介 |
1949年栃木県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了。現在、東京経済大学教授。専攻は社会学。著書に「<近代>の意味」「言葉を失った若者たち」「ボーダーレス化社会」など。 |
| 件名 |
日本-歴史-昭和時代(1945年以後) |
| 言語区分 |
日本語 |
| 書評掲載紙 |
朝日新聞 |
| (他の紹介)内容紹介 |
人はなぜテレビを見るのか?“視聴者”が自由を得るため。テレビは“自作自演的習性”、つまり「自分でやったことなのに素知らぬふりをする」習性を持つ。一方“視聴者”は、番組に出演したり、ツッコんだりしながらもテレビを実質放置する。こうして戦後、暗黙の“共犯関係”による“テレビ社会ニッポン”は誕生した。その65年余に及ぶ歴史を検証し、転換期にあるテレビと視聴者の未来を展望する。誰よりも自らが“視聴者”であり続けてきた著者による渾身のテレビ論。 |
| (他の紹介)目次 |
序章 視聴者への“解放”―テレビ社会としての戦後日本 第1章 自作自演の魅惑―テレビの原光景 第2章 参加と自作自演―一九七〇年代の転換 第3章 「祭り」と視聴者のあいだ―一九八〇〜一九九〇年代の高揚 第4章 自作自演の現在―二〇〇〇〜二〇一〇年代の困難 終章 ポストテレビ社会に向かって―「視聴者」という居場所 |
| (他の紹介)著者紹介 |
太田 省一 1960年生まれ。社会学者、文筆家。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本社会の関係が研究および著述のメインテーマ。それを踏まえ、現在はテレビ番組の歴史、お笑い、アイドル、歌謡曲、ネット動画などについて執筆活動を続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
内容細目表
前のページへ