蔵書情報
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書誌情報
| 書名 |
ヘーゲルを「活用」する! 自分で考える道具としての哲学
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| 著者名 |
鷲田 小彌太/著
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| 出版者 |
彩流社
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| 出版年月 |
2007.10 |
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資料情報
各蔵書資料に関する詳細情報です。
| No. |
所蔵館 |
資料番号 |
請求記号 |
配架場所 |
所蔵棚番号 |
資料種別 |
帯出区分 |
状態 |
付録 |
貸出
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| 1 |
中央図書館 | 0117514950 | 134.4/ワ/ | 書庫2 | | 一般図書 | 一般貸出 | 在庫 | |
○ |
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書誌詳細
この資料の書誌詳細情報です。
| タイトルコード |
1006700456704 |
| 書誌種別 |
図書 |
| 書名 |
ヘーゲルを「活用」する! 自分で考える道具としての哲学 |
| 書名ヨミ |
ヘーゲル オ カツヨウ スル |
| 著者名 |
鷲田 小彌太/著
|
| 著者名ヨミ |
ワシダ コヤタ |
| 出版者 |
彩流社
|
| 出版年月 |
2007.10 |
| ページ数 |
205p |
| 大きさ |
20cm |
| 分類記号 |
134.4
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| 分類記号 |
134.4
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| ISBN |
4-7791-1020-7 |
| 内容紹介 |
ヘーゲルの哲学著作だけでなく、その生活(生き方)をも含めて援用しながら、「ヘーゲル的なもの」で日本の政治経済と文化生活を論じ、それを通して、この現実を有効かつ楽しく生きてゆく「すべ」を見いだすヒントを与える。 |
| 著者紹介 |
1942年北海道生まれ。大阪大学大学院文学研究科哲学・哲学史専攻修士課程修了。札幌大学教授。哲学・倫理学を担当。評論活動、エッセイ、人生論の執筆等もおこなう。 |
| 個人件名 |
Hegel Georg Wilhelm Friedrich |
| 言語区分 |
日本語 |
| (他の紹介)内容紹介 |
言葉が表情を失うことがある。たとえば、「今」という字をじっと見つめ続けていると、文字がたんなる線の寄せ集めに見えてくる。「ゲシュタルト崩壊」といわれる現象だ。本書は、中島敦とホーフマンスタールの二編の小説からはじまる。いずれも「ゲシュタルト崩壊」を扱った作品だ。そのうえで、ウィトゲンシュタインの言語論を検証し、カール・クラウスの言語論を考える。「生きた言葉」「魂ある言葉」を考える清新な哲学―。 |
| (他の紹介)目次 |
第1章 ヴェールとしての言葉―言語不信の諸相(中島敦「文字禍」とその周辺 ホーフマンスタール「チャンドス卿の手紙」とその周辺 まとめと展望) 第2章 魂あるものとしての言葉―ウィトゲンシュタインの言語論を中心に(使用・体験・理解 言葉の立体的理解 「アスペクト盲」の人は何を失うのか 「言葉は生活の流れなかではじめて意味をもつ」) 第3章 かたち成すものとしての言葉―カール・クラウスの言語論が示すもの(クラウスによる言語「批判」 言葉を選び取る責任) |
| (他の紹介)著者紹介 |
古田 徹也 1979年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。新潟大学准教授を経て、専修大学准教授。専攻は、哲学・倫理学。「言語」「心」「行為」を手がかりに研究を進める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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